← ホームへ戻る

vol.20

モヒカンらーめんの作り方〜日々雑感〜

「あの日、熊本で教えられたこと」

セカンドのコラムを楽しみにしてくださっている読者の皆さん、こんにちは。先月号では、「次回はモヒカンラーメンの未来についてお話ししたい」と締めくくりました。しかし、その直後、熊本で大きな地震が起こりました。その知らせを聞いて思い出したのは、10年前の熊本地震です。当時、モヒカンラーメンも熊本で被災しました。今回は予定を変更し、あの時のことを書かせていただきます。あれは10年前の4月。久留米では桜が葉桜になっていましたが、熊本・阿蘇ではまだ満開でした。そんな季節に、突然、大きな地震が熊本を襲いました。当時、私は久留米におり、熊本・光の森の店では現地スタッフが営業していました。今振り返ると、私と現地スタッフの間には、大きな認識の差があったと思います。大きな震災を経験したことのなかった私に対し、スタッフたちは激しい揺れを現地で体験し、恐怖の中にいました。電話で話を聞いても、彼らの不安を本当の意味では理解できていなかったのかもしれません。翌日、熊本をさらに大きな揺れが襲いました。「これは本当に大変なことになった」ようやく事態の深刻さを実感した私は、車に飛び乗って熊本へ向かいました。しかし、高速道路は途中で通行止め。迂回を重ね、片道6時間以上かけて、ようやく光の森の店にたどり着きました。店に入ると、当時の店長をはじめ、スタッフたちは床に座り込み、心身ともに疲れ切っていました。その姿を見た瞬間、私は思いました。「もう店のことはいい。みんなを久留米に連れて帰ろう」これ以上、スタッフを危険にさらすわけにはいかない。店や売上はどうでもいい。とにかく全員を安全な場所へ連れて帰りたい。経営者として、その思いでいっぱいでした。ところが、当時の店長・神戸がこう言いました。「私はもう熊本の人間です」そして、こう続けました。「これから第三波、第四波の揺れが来ても、私はここで店を守ります。水やガスが使える限り、食材がある限り、炊き出しをして地域の皆さんの役に立ちます」そう言い切ったのです。私は迷いました。もし、ここで再び大きな地震が起き、スタッフの命に関わることがあったら――。みんなの親御さんに、合わせる顔がありません。「連れて帰るべきだ」経営者としては、そう考えていました。しかし、神戸の覚悟は揺らぎませんでした。最終的に私はその思いを受け止め、スタッフが熊本に残ることを承諾しました。その日の夜から、すぐに行動が始まりました。ご飯を炊き、おにぎりを握り、冷蔵庫に残っていた食材でおかずを作る。そして、それを避難所へ届ける。その姿を見て、私は不安を感じる一方で、彼らを誇らしく思いました。やがて、支援の輪も広がっていきました。地元の友人から届く米や食材。全国の仲間から送られてくる水や物資。そして、支援金。多くの方々が、熊本のために力を貸してくださいました。その支援を受けながら、モヒカンラーメンのスタッフは毎日、炊き出しを続けました。振り返れば、今の私たちがあるのは、あの時支えてくださった皆さんからいただいた「愛」があったからだと思います。店とは何なのか。会社とは何なのか。そして、地域の一員として、困っている人のために何ができるのか。熊本地震は、私にそのことを深く考えさせました。あれから10年。あの日いただいた恩と人の温かさを忘れず、今度は自分たちが、誰かの力になれることをする。それが、あの日たくさんの方々に支えていただいたモヒカンラーメンの役目なのかもしれません。――次号へ続く。


vol.19

モヒカンらーめんの作り方〜日々雑感〜

「今年も博多祇園山笠に参加しました!」

モヒカンのコラムを楽しみにしていただいている読者の皆さま、こんにちは。モヒカンらーめんは、この夏で26周年を迎えることができました。これもひとえに、日頃から応援してくださる皆さまのおかげです。本当にありがとうございます。さて、夏といえば博多祇園山笠。先日、無事に追い山を終えることができました。今年はスタートから連日の酷暑となり、例年以上に暑く、激しい山笠だったように感じています。「久留米の人間が、なぜ山笠に参加しているの?」そんなふうに思われる方もいらっしゃるかもしれません。私が山笠に参加するようになった理由は、約800年もの歴史を持つ伝統に少しでも触れ、その熱気や地域を盛り上げる力を、自分の地元・久留米にも生かせないかと思ったからです。初めて参加した頃は、その圧倒的な人の多さと熱気、そして街全体の活気や経済規模に本当に驚きました。山笠に出るたびに、「博多には人を惹きつける魅力がある」と実感します。そして、その魅力を知れば知るほど、不思議なことに今度は地元・久留米の良さや魅力を改めて感じるようになりました。26年前、お店を始めた頃は、まさか自分が博多祇園山笠に参加する日が来るとは夢にも思っていませんでした。だからこそ今は、博多の素晴らしさを学びながら、その経験をいつか久留米の街づくりや地域の活性化にも生かしていきたいと強く思っています。現在、モヒカンは久留米に店舗こそありませんが、キッチンカーやTikTokのコメントでは、「また久留米に帰ってきて!」「久留米でも食べたい!」そんな温かい言葉をたくさんいただきます。そのたびに、「やっぱりモヒカンの原点は久留米なんだ」と、あらためて実感しています。今後、モヒカンらーめんがどのような展開をしていくのか、私自身も楽しみにしています。ぜひ、これからのモヒカンらーめんにもご期待ください。今後とも変わらぬご愛顧をよろしくお願いいたします。そして今、モヒカンらーめんは新たな一歩を踏み出そうとしています。まだ詳しくはお話しできませんが、「原点」と「これから」をつなぐ新しい挑戦を少しずつ形にしているところです。次回のコラムでは、その挑戦の一端と、私が今思い描いているモヒカンらーめんの未来についてお話ししたいと思います。どうぞお楽しみに。


vol.18

モヒカンらーめんの作り方〜日々雑感〜

「モヒカンテーマソング誕生秘話」

モヒカンコラムを楽しみに読んでくださっている皆さん、こんにちは。今回は、モヒカンラーメンのテーマソングを作ってくれたシンガーソングライター・比留間光悦さんとの出会いをご紹介したいと思います。出会いは今から約30年前。私が店長として働いていたお店に、一人のアルバイトがやってきました。それが、比留間さんです。当時、彼は阪神・荒路大震災で被災し、お父さんの実家がある鳥栖へ避難してきたばかりでした。中学校を卒業したばかりの、色白でまだあどけなさの残る少年。それが私の第一印象でした。人懐っこい笑顔と前向きな性格で、彼はあっという間にお店の人気者になります。そして当時から、「プロのミュージシャンになる」という夢を真っすぐに追い続けていました。やがて私はその店を離れ、彼も音楽の道へ。それぞれの人生を歩み始めました。それから数十年後。突然、比留間さんがモヒカンラーメンを訪ねてきてくれたのです。「モヒカンの歌を作らせてください。あの頃お世話になった恩返しがしたいんです。」そう言ってくれた時は、本当にうれしかったですね。住み慣れた関西を離れ、不安を抱えながら九州へ来た少年にとって、人生初めてのアルバイト先で過ごした時間や、私との出会いが心に残っていたのかもしれません。少し美化されている部分もあるのでしょうが(笑)、その気持ちが何よりありがたく、胸が熱くなりました。完成した楽曲には、私の想いを歌詞に込めてくれました。そしてクラシックの要素とポップな感性を絶妙に融合させた、比留間さんらしい素晴らしい一曲に仕上げてくれています。さらに、プロモーションビデオにはダンス教室を運営されている奥様とインストラクターの皆さん、そして私の友人たちも友情出演してくださり、多くの方の温かい協力によって完成しました。そして、この「モヒカンラーメンソング」は、なんとJOYSOUNDでも歌うことができます。ご来店の際はもちろん、カラオケでもぜひ一度歌っていただき、モヒカンラーメンへの想いを感じていただけたらうれしいです。ありがとうございました。


vol.17

モヒカンらーめんの作り方

日々雑感「閑話休題」

先月号まで、モヒカンラーメン創業からのあれこれを振り返りながら、当時の裏話を書いてきました。「あの頃は本当に勢いだけやったなぁ」と懐かしく思う反面、改めて振り返ると、たくさんの人とのご縁に支えられて今があるんだと実感しています。そんな中、実は今年から新しい挑戦を始めました。それがTikTokです。「え?モヒカンがTikTok?」と思われる方もいるかもしれません(笑)担当してくれているのは、モヒカンラーメンのテーマソングを作ってくれたシンガーソングライター、比留間光悦さん。独特の感性と空気感を持った、なんとも不思議な魅力のある方です。動画の中では、営業時間中にはなかなか話せないようなことや、お客様からいただいたコメントへの返事、ラーメン作りに対する想いなどを、肩の力を抜いて発信しています。文章とはまた違った「素のモヒカン」が見れるかもしれません。正直、最初は動画で発信することに少し抵抗もありました。でも、実際に始めてみると、「見ましたよ!」「あの話面白かったです!」と声をかけてもらうことも増えてきて、時代って面白いなぁと感じています。ラーメン屋は、ただラーメンを作るだけの仕事ではなく、人と人が繋がる場所なんだと、最近さらに強く思います。次号では、そんな比留間光悦氏との出会いや、テーマソング誕生秘話について書いてみたいと思います。どうぞお楽しみに。

〔TikTok〕https://www.tiktok.com/@mohikan.stars?_r=1&_t=ZS-96pvl9uXnua

〔Youtube〕https://youtu.be/0PB-d-HwD8g


vol.16

モヒカンらーめんの作り方

日々雑感「弟子との出会い①」

今回は、私の一番弟子との出会いについてお話ししたいと思います。彼の名前は、ゆうた。私が店を始めて間もない頃から、ちょくちょくラーメンを食べに来ていた常連の一人でした。いつの頃からかカウンター越しに会話を交わすようになり、彼は自分のアルバイト先の話をよくしてくれるようになりました。

当時、彼は某大手の餃子チェーン店で働いており、店長の愚痴をこぼすことも少なくありませんでした。そんな他愛のないやり取りも、今思えば大切な時間だったように感じます。やがて彼は、自然と仕込みを手伝うようになり、近所の美容専門学校に通う常連の子たちともすっかり打ち解けていきました。その中で一番の美人と付き合うようになったと聞いたときは、思わず「やるなぁ」と感心したものです。ただ、それは偶然ではなかったのだと思います。彼の働く店に足を運んだとき、その理由がはっきりとわかりました。

よく通る声。細やかな気配り。相手の心を自然とほぐすような接客。目の前のお客様にしっかりと向き合い、場の空気を明るくする力がありました。「ああ、この子は人の心を動かせる人間だな」と、素直にそう感じたのを覚えています。そして同時に、「いつか、こんな仲間と一緒に仕事ができたらいいな」そんな想いが、心のどこかに芽生えていました。年の瀬も押し迫った、ある日のこと。ゆうたが真剣な表情で、こう言いました。「モヒカンで仕事がしたいです。社員にしてください。」その一言は、まるで雷に打たれたかのような衝撃でした。


vol.15

モヒカンらーめんの作り方

日々雑感「ニコニコして近づいてくる人編③」

ご縁をつないでいただき、お取引が始まった博多の麺屋さん「Eさん」。しかし当時の私は、決して経営がうまくいっていたわけではなく、注文する麺の量も本当にわずかでした。そんな状況の中でも、私の経営相談に電話一本でひょいと駆けつけてくれるEさん。今でいうなら、まさに“ChatGPT的な存在”でした。「どうやったら目立つか?」「どうやったら儲かるか?」そんなことばかり考えていた私に対して、Eさんのアドバイスは、想像をはるかに超えるものでした。「まずは席数を減らして」え???お客様を増やしたいのに…?「そして外したイスを外に置きましょう」そこからさらに、外の電飾は裸電球にして、屋台感を出す。今ならはっきり分かります。これはビジネスとして「小さくてボロボロな店の強みを最大限に活かす」という発想でした。しかし当時の“無学のモヒカン”には、まったく理解できませんでした。味やお金の話は一切なく、ただ言われたことをやる。そうしながらも、どこかに職人としての小さな抵抗があって、実行するまでにはずいぶん時間がかかりました(笑)このコラムを書きながら、ふと思い出した言葉があります。成功の近道は「素直」であること。当時の私は、なかなか名前が売れないことへの焦りや、どこか諦めにも似た感情に覆われていて、「素直」とは程遠い状態だったのだと思います。それでも時代は進みます。この後、一番弟子との出会い。久留米では初となる券売機の導入。そして全面禁煙化。今では当たり前になった挑戦を、少しずつ重ねていくことになります。麺屋さんとのエピソードは、まだまだ続きますが、次回は「一番弟子との出会い」を書こうと思います。また来月、お会いしましょう。いってらっしゃい!


vol.14

モヒカンらーめんの作り方

日々雑感「ニコニコして近づいてくる人編 ②」

衝撃の出会いは「毎度〜」から始まった。「毎度〜」ひょいと現れたのは、これまで出会ったことのないタイプの営業マンでした。いわゆる“営業マン然”とした雰囲気はまったくない。ザ・博多のおいちゃん、という風情です。開口一番こう言いました。「うちの麺がモヒカンさんのスープに合うかどうか、試食したいっちゃけど……今日もう3軒目なんすよね」売る気があるのかないのか分からない、その正直すぎる一言に思わず笑ってしまいました。ところが――。モヒカンスープにその麺を合わせた瞬間、空気が変わりました。まるで りくりゅう が初めて氷上で呼吸を合わせたあの瞬間のような、雷が落ちたかのような衝撃。麺屋さんの箸は止まらず、そのまま完食。「こりゃ合いますバイ!完食できるとは思わんやった!正直、久留米のスープには合わんやろうって思うとりました」そう言って大きくうなずいたあと、続けてひと言。「試食終わったので、生ビールば良かですか?」生ビールを三杯。ホルモンも平らげて、颯爽と帰っていきました。あの日の“衝撃の出会い”から、気づけば約25年。いまも変わらず、共に歩ませてもらっています。商売は、理屈や営業トークだけでは動かない。人と人との呼吸が合ったとき、そこに本物のご縁が生まれる。まだまだ麺屋さんとのエピソードは尽きません。続きは、また来月。


vol.13

モヒカンらーめんの作り方

日々雑感「ニコニコして近づいてくる人編 ①」

あれはモヒカンを創業して半年ほど経った2001年頃でした。オープンしてからも、日々スープやカエシ、具材を微調整しながら自分の納得行くラーメンを模索していたのですが、どうしても使っている麺に納得ができず、でも自分の理想の麺が久留米市内で手に入らなくて、自家製麺も独学でやり始めていた頃、常連客で某福岡市内のラーメン店の店長さんが「うちの麺使ってみる?」とわざわざ持ってきてくれました。それが見事!ドンピシャ!モヒカンのスープに馴染む、理想の麺でした。翌日その麺屋さんに速攻問い合わせて「ぜひ売ってくれ!」とお願いしました。誰にでも卸すわけじゃないって感じで一度お店に行きますねという返事でした。そこで現れたのが表題にも書いた私にとって、「ニコニコして近づいてくる人」は、私に商売のいろはを教えてくれた師匠ともいえる人でした。続く

モヒカンらーめん味壱家店主 於保 貴久
名称モヒカンらーめん 味壱家(キッチンカー)
博多オフィス092-409-0039
連絡先obokky01@gmail.com / 090-8222-2005
★出店依頼は担当おぼ まで